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運慶展@上野国立博物館 [★和の催し]

●HP・・・http://unkei2017.jp/

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先週金曜日の夜@上野。
いやー、金曜日夜は意外と空いていたはずですが、やはり終了期間が迫ってるからか、「待ち時間30分」のプラカード (ですが、15分~20分くらいで入れました)。
絵師では俵屋宗達や尾形光琳だのの琳派、狩野永徳などの狩野派、浮世絵師では葛飾北斎や喜多川歌麿、写楽、歌川国芳などなど、たくさんの名前を挙げることができますが、一般には仏師といえば快慶・運慶ぐらいしかパッと出てこない。作庭師といえば小堀遠州、みたいな(笑)

いやー、やっぱり痺れますね「四天王」。
運慶の父、康慶作の四天王は目がギョロっと出てて大迫力! 釈迦の身長は480センチ、その半分が立像の基本の高さなのですが、四天王は前者の高さかな?

仏教界の中では天部衆と言って、ヒンドゥー教から仏法を守護する存在として取り込んだ神々ですから、位は低いんです。
でもこの躍動感といったら。
叱られたい、怒られたい、守られたい!!

知人と話してたのですが、四天王の躍動感と迫力、体の動かし方は歌舞伎の「見得」に影響を与えているに違いない、と。特に「増長天」は、「暫」の舞台にそのポーズのまま出てもおかしくない!

四天王をまとめる長は「多聞天」。仏舎利を持っているので、分かりやすい。
多聞天は単独になると毘沙門天と名を変えます。妻は吉祥天、二人の子供は善膩師(ぜんにし)童子。
この三体が後半の<目録30>番で勢揃い。

鑑賞していて気がついたのですが、結構、仏像の決まりごとから外れた様式の仏像が多い。
魂を迎えに来てくれる阿弥陀如来は来迎印を結んでないし、その脇侍の観音菩薩は頭に阿弥陀如来を頂いてないし、同じ脇侍の観音菩薩そっくりの勢至菩薩は目印となる水瓶(すいびょう)を頭に頂いてない。
頭部だけ見つかった阿弥陀如来には、白鼇がない(剥落?)
<目録3>の康慶作の地蔵菩薩は座っているし、<目録4>の運慶作の大日如来も半跏踏下座で立像じゃないのが面白い。

不動明王を守護し付き従う童子が勢揃い。八童子のうち、二体が運慶作ではないので、六童子のみ上野にきているとのこと。矜羯羅童子は、力士の照ノ富士にどことなく似ている(笑)。

運慶が脂がのっている時期の作品群だということで、どの仏像も目が爛々としていたり、潤んでいるように見えたりと、まるで生きているかのよう。

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照ノ富士・・・http://www.sumo.or.jp/ResultRikishiData/profile/3321/


不動明王は、「怒りをもって悟りに導く大日如来」という位置付けで、大日如来の化身なので、よくみるとむっちりした体型なんですよね。天部衆のように、筋肉隆々とはしてないんです。
そういった基本的なことが、はっきりと再認識できた展覧会でもありました。

一筋の光明を表したような、開いているか開いていないかわからない目つきの如来、たおやかさも持ち合わせつつ決め細やかな桾(くん)のひだ模様が美しい菩薩。
それらにもうっとりと引き込まれますが、やっぱり見所は四天王に決まり!ですね。
鎌倉武士に「武士とはこうあるべき」と思わせてしまったという運慶の毘沙門天も見事です。

それまで個人名が前に出てくることはなかった派閥としての仏師集団から、アーティストとして個性を発揮してもいいんだ、という路線を提示してみせた慶派たち。
仏像界の歴史の転換期、これは本当に見てよかった展覧会でした。

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↑↓国立博物館前の公園に展示されていた巨大美術群
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人形町・寺社めぐり [◇江戸寺社・史跡めぐり]

■水天宮

高天原に最初に出現した「天之御中主神」を主祭神に、実は安徳天皇安徳天皇の母「平徳子(建礼門院)」、一緒に入水した平清盛の正妻「二位の尼」の三柱も祀られています。
壇ノ浦の痛ましい悲劇として、また、海に沈んだ三種の神器の謎もあわせて、安徳天皇のことは心に焼き付いています。

安産守りとして有名ですが子供を持つ予定はないので、こちらにくると「天地創造の神よ、日本をお守りください」という仰々しい願いを唱えております(笑)。天之御中主神は天地創造、水を司る神ですからね。

しかし建て直された後のこの近代的な建物はちょっと好きになれない。
近代化してしまった神社としては、飯田橋の赤城神社とこちらの水天宮、虎ノ門の金比羅さんが残念ですね。
山王日枝神社くらいの樹木に囲まれていて欲しいです。
狛犬が睨みをきかしているのですが、視線の先は壁。これでは門番の役割が全うできないですね。

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■茶の木神社

ビルの一画にある小さなお社。ビルの敷地内の端っこにきれいに収まっている。
「下総佐倉の城主大老掘田家の中屋敷」にあったお社だと書いてありました。
街の区画は江戸時代をそのまま残していることが多いから、ここが端っこだったのかしら・・・と思って手持ちの古地図(嘉永)と現在の場所を重ね合わせると、どうも酒井雅楽頭(うたのかみ)の屋敷になってしまう。東へ3ブロック位ずれているんですよね。

当時の地図の縮尺がいい加減だからなのか、社を茶の木ごと移動させたのかどちかなのでしょうか。しかし小さいとはいえ、周囲の自生している木には年月を経た厳かさを感じるので、周りの植え込みは当時の茶の木だと思いたい。

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>>由来看板抜粋
「お茶ノ木様」と町内の人々に親しまれている茶ノ木神社の御祭神は倉稲魂大神(ウカノミタマノオオカミ)で伏見系の稲荷様である。昔この土地は徳川時代約3000坪に及ぶ下総佐倉の城主大老掘田家の中屋敷であって、この神社はその守護神として祀られたものである。
社の周囲にめぐらされた土堤芝の上に丸く刈り込まれた茶の木がぐるりと植え込まれ、茶と茶の木の緑が見事であたっと伝えられている。その中屋敷は勿論のこと周囲の町方にも永年火災が起こらなかったため、いつのころから誰と言うとなく火伏の神と崇められ、堀田家では年1回初午祭の当日だけ開門して一般の参拝を自由にされた由「お茶ノ木様」の愛称で町の評判も相当であったと伝えられている。

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■松島神社

こちらもビルの一画に、まるで心太(ところてん)のように押し込まれたように建っております。
創建年代は不詳、なんと祀られているのは14柱!これほど多くの神が祀られているのは珍しいのではないでしょうか。神田明神など、末社として境内にたくさん社がある例はありますが並列に祀られているのは珍しい。
こちら、どうしてこういうことになったかというと詳しくはこちら↓

>>由来書抜粋
昔この辺りが入り海であった頃小島があり、柴田家の祖先が下総の国からこの小島に移り住み、邸内に諸神を勧請し、夜毎揚げる燈火を目標に舟人が航海の安産を得たと伝えられる。
~天正13年(1585)2月13日住民の希望に従い、邸宅を公開し参拝の自由を許容せり。島内松樹鬱蒼たるにより人々松島稲荷大明神と唱え、又、権太の木像を安置し権太大明神とも俗称された。
~~正徳3年(1713)新町が開設される時に社号に因んで町名を松島町と称した。当時近辺を埋め立て武家屋敷を造営するために、日本各地から技をもつ人々が集められてそのまま住まいを構え、町の中心に位置した松島稲荷に、それぞれの故郷の神々の合祀を頼んだために他社に比べ御祭神が14柱と多い。

掲げられた由緒書を元に計算すると、柴田家の祖先が移り住んでから128年後に神が増えていったことになりますね。
江戸の町は男性の割合が多かった理由の一つに、こういった全国から集まった大工がそのまま居着いてしまったというケースがあります。その裏付けとなる証拠が、この神社の存在だと思うと感慨深いものがありますね。
こちらは七福神の一つでもありますので、御朱印は通常と七福神の二種類ありました。さすがに14種類ではないんですね。

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■人形町の仕掛け時計
なかに人形が入っています。12:00~19:00の間、一時間ごとにからくり人形が動きます。

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■とうふの双葉


「とうふ双葉」の甘酒、200円。今時珍しく、孫をおんぶしてあやしている女将さんが、ペットボトルから紙コップにたぷんと注ぐ。この昭和っぽさがいいですね~。
甘酒は江戸では夏の飲み物。栄養補給にぴったりです。結構舌に残る甘さなので、紙コップ程度の量でも満足感があります。甘酒ソフトクリームはほのかに酒の香り。この日は珍しく暑い日でしたので、ちょうどよかったです。

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■荒汐部屋

親方猫「モル」で有名になった相撲部屋です。朝稽古は外に面した大きなガラス窓ごしに見学することができます。
夕刻訪れたので、もちろん稽古場は暗く閉ざされ、モルにも出会えませんでしたが、上階から垂れ下がる昆布のような稽古廻しが見られて面白かったです。しばらくすると呼び出しさんが一人戻ってきました。

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■清正公寺

荒汐部屋の目と鼻の先、浜町公園の脇にひっそりと、時代に取り残されたように鎮座しています。
辛うじて山門(らしきもの)が残されており、ほんの少しだけ往時を偲ぶことができます。
熊本本妙寺の別院です。熊本本妙寺は日蓮宗六条門院であり、門流とは「妙法蓮華経(法華経)を正法」とする日蓮門下の分派の呼称です。

始祖の日静が京都六条に移転させた本國寺を祖山とするので「六条門流」と呼ぶそうです。
十界本尊・開運勝利高祖日蓮大菩薩尊像・清正公大神祇尊像の三体を安置しているとのことですが、本堂は公開されていませんでした。

>>縁起(看板抜粋)
文久元年(1861)、細川藩主細川斎護が熊本本妙寺に安置する加藤清正公の分霊を勧請して当地にあった下屋敷に創建、加藤清正公を祀り、明治維新後には一時加藤神社と称した。明治18年仏式に戻して清正公堂と改称、管理を熊本本妙寺に委託、本妙寺別院となす。

維新後に加藤神社と称したのは、おそらく廃仏毀釈から逃れるためでしょう。 地元民の請願あってのことだと思いますが、もし寺のままだったとしても、維新を主導した薩摩の士族にとっても地元の英雄ですので、何とか残されたのではないでしょうか。 堂宇は閉ざされ、住職もいらっしゃらないようです。
すぐ隣にある子供の遊具や広場とのミスマッチが何ともいえない切なさを醸し出しています。

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10/8 CHANCO1-グランプリ [★相撲観戦]

●HP・・・http://chanko-1.com/

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行ってきました~スカイツリー。ソラマチには何度も来てるけど、結局タワーには興味がなくって昇ってない。こんな人もいるんです。

さて、CHANCO1グランプリ。
前回は池袋だったそうですが、スカイツリーで正解なのでは?
力士たちも来やすいですし、聖地両国にも浅草にも近いので、ブクロよりも江戸を感じられ相撲との親和性も高い気がします。
広場には陸奥部屋時津風部屋の巡業に参加しない力士たちがウロウロしていました。
ポーズを売っているウランバートルには、陸奥部屋の霧馬山がいました。P1200475.jpg

【大志さんの相撲甚句】
門前仲町でスナックを経営。 甚句もやりつつ、歌手も俳優活動もしているととこと。
なんと劇団四季の【アラジン】のジーニー役で最終審査まで残ったとのこと。凄い!
甚句では「花尽くし」と音楽グループ・アリスの「チャンピオン」の替歌を披露、けっこう面白い。
この方、司会をもくう話し上手なので、いろいろな活躍の場を持っていそうです。

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【鳴門親方トークショー】
司会コンビに「人間スカイツリーですね!」と揶揄され登場。たくさんの御客さんがステージ前へ詰めかけました。すると親方、「後ろの席の人が見えなくなるので」と言って、席に座るのを断りました。
なんて男前!

まずは事前調査で親方に聞きたいことを司会が質問。
・奥さんの馴れ初めは…? ⇒名古屋場所で知り合った。デートはディズニーランドにも行った。
・ちゃんこ(日本の味)にはすぐ慣れましたか⇒慣れる前に食べなきゃいけないので、そんなこと言ってられなかった。
などなど、何となく噛み合わないまま終了(笑)

一般人の挙手で質問、
・現役時代、苦手な力士は?⇒特にいないが、小兵力士は苦手だった。ちょこまかして。
・稀勢の里と対戦してどうだった?⇒相撲部屋に入門したとき、稀勢の里は自分より半年早く入門していた。 同じ鳴門部屋一門で稽古をよくしていたが、こんなに強い15歳がいるのかと、最初は驚いた。でも取組は僕が勝ち越してるけどねw。
ということです。確かに稀勢の里は碧山など外国人力士に弱い一面がありますね。

その後ちゃんこ全てに舌鼓をうち、「一番なんて決められないよ」と大人の回答をしてプレゼントコーナーへ。

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↑右の女性はラジオパーソナリティーなど活動しているそう。もちろんスージョ

【アイドル・そめいそしの

小学生二人と30才女性のへんてこなトリオ。 元は大人三名で活動してたけど、二人脱退して小学生一二年生の子供が加入したそうです。リーダーも何故かこんなことに…と困惑気味(笑)。
「ハイカラさんが通る」風の袴にブーツの出で立ちはなかなか可愛いので、アプローチ次第ではいける!と思うのですが。取って付けたような子供の加入に事務所は本気で売る気があるのか窺い知れない。

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↑リーダーは正統派の美人

【相撲体操と時津風部屋
時津風部屋の力士四人が登場。 司会を無視しての持ち込み企画を持ってきたのに、豊ノ島も仕切らずグダグダに。ま、そのグダグダな雰囲気のまま相撲体操を実演、「そめいよしの」の3人もステージ前で一緒に。これは相撲を広めるべく作られた体操なので、四人もそれほど行ったことはないそうです(笑)。

その後お馴染みのちびっことの取組のあと、なんと希望者全員をお姫様だっこという持ち込み企画…!!
最初は、力士四人が背を向けて立つなか、女性がだっこされたい力士の後ろに並び、その中から力士が女性一人を指名するという恥かかせな案だったのですが、時津風の面々が全員やります!という男前な回答をして実現。
豊ノ島一人勝ちかと思いきや、加美豊さんの方が多かったようで、豊ノ島の鼻を明かしたように勝ち誇る姿が愉快でしたね。
力士が背を向けて待つ様は、まるで「ねるとん」のようだと司会。
豊ノ島の奥さんもなぜか参戦し、私より背が高いという理由で加美豊さんを指名。
傷心の豊ノ島、「僕が見せられない景色を見てくれれば」と精一杯の強がり。
とまあ、最後は豊ノ島いじりの回でしたが、グダグダぶりも含めて司会がうまくまとめて面白いイベントでした(笑)

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↑鈴木ちゃん(中目黒)の『宮城野部屋直伝塩ちゃんこ』

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どすこい酒場 龍馬(押上)のカレーちゃんこ

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ウランバートル(両国)の『肉汁タップリ ボーズ』

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↑北乃里(中野富士見町)の『さっぱり塩レモンちゃんこ』

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↑溶けないアイスはイチゴポリフェノールの効果で溶けないらしい

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↑梅園のアイスどら焼きはソラマチ一階で

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