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六本木神社めぐり~出雲大社東京分祠・天祖神社・乃木神社 [◇江戸寺社・史跡めぐり]



■出雲大社東京分祠

車通りも激しい六本木通りから路地に入ると急に静けさが訪れ、がっしりとしたコンクリート造りの神殿が目に飛び込んできます。門前から見上げれば六本木ヒルズが垣間見え、何とも不思議な光景。
都内で唯一の出雲大社の分祠。
なぜ都内にあるのかというと、第十八代宮司の千家尊福氏(弘化2年から大正7年)は、神道大社派を設立し全国熱心に布教活動をしたとか。
山陰地方に鉄道が通っていなかった時代には、出雲大社から東京まで片道10間日かかったため、東京に分祠を建てることにしたそうです。ちなみにこの方は、唱歌一月一日(年の初めの~) の作詞者でもあり、のちに政界に進出し東京府知事や各県知事も歴任しています。

ちなみに、新横綱が誕生し、両国にある野見宿禰神社にて奉納土俵入りが披露される日には、こちらの宮司が出張して祭事を執り行います。
また、こちらは明治31年にいち早く神前結婚式を執り行った神社でもあります。
通りすがりのインド人が一礼して行く様子をみて、日本においての神道の扱いや立ち位置がわかっているんだなーと妙に関心しました。


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■天祖神社(龍土神明宮)


祭神は、天照皇大神・伊邪那岐命・伊邪那美命。
約六百年前の至徳元年(西暦1384年)創建。このお宮に、品川沖から毎夜竜が御灯明を献じたため、付近一帯を竜土村と呼ぶようになり、神社も龍土神明宮と呼ばれるようになったとのこと。
現在の御社殿は昭和三十二年に再建されたものです。

境内の【満福稲荷神社 福禄寿(港七福神)】は、従前は孫太郎稲荷でしたが、近隣の稲荷社を合祀して満福稲荷神社となったとのこと。福禄寿は南極星を表す神でもあり、人の生きる道や事業の道を導いてくれる御利益があるとして仰がれています。六本木という場所にぴったりの神様ですね。

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■乃木神社

複数回の参拝にして初めて旧乃木邸を見学することができました。
ドイツ留学中に視察したフランス陸軍の兵舎をスケッチし、自ら設計したそうです。
山小屋やロッジという雰囲気を醸しだし、まるで避暑地にあるようなデザインだと思います。

家の中は入ることは出来ず、外側に見学用足場が作られていてそこから見学します。
乃木将軍の衣服などが窓辺に近いテーブルや床などに置かれていましたが、光が反射してうまく見ることが出来ませんでした。しかし質実剛健で簡素な雰囲気を好んだ様子がわかりました。

明治24年、金沢を訪れたときに8歳の辻占売りの少年に出会い、感銘してその子に2円を上げたときの様子を模した銅像。話は脱線しますが、辻占はアメリカの中国菓子としてしられる「フォーチュンクッキー」の原型ですね。
日本のレシピを元にアメリカの中国移民が考案したといいます。

敷地には松下村塾の開祖、玉木文之進と吉田松陰を祭る「玉松神社」もあります。
おじと甥にあたる二人は長州萩の学者であり、親戚の乃木将軍にも影響を与えただろうということから、祀ることになったということです。この日は宝物館はゆっくり見る時間がありませんでしたので、御朱印を頂いて帰りました。

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