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日本刀 悠久の美をみつめて [★和の催し]

■大倉集古館

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昨日は大倉集古館で日本刀展を見てきました。

現代に作刀された物や、鎌倉時代などの刀剣を研いだ「研師の技」が堪能できました。鐔やはばきの拵えも見ることができ、はぁぁ〜、溜め息。
まさに刀は全身芸術品、小宇宙。

刀身の仕上げまでの工程や、白木作りの鞘の工程などの図解があり、素人でも理解できる展示が嬉しい。

今や観賞用や室内装飾として展示される位しか刀の需要は思いつきませんでしたが、美術館等の収蔵品の修復という点で「技」の需要は少なくないと思いました。全ての部品において技の伝統は重要なのだなと再確認。

昨日は職人方の実演があったのですが、場所はなんと二階のテラス。暑いなか直にゴザをひいて、私たちが立ったまま見下ろすというのはどうにも失礼で心苦しかった。[あせあせ(飛び散る汗)]
あるお爺さんも、「暑いでしょ」と職人さんを扇いでいました[もうやだ~(悲しい顔)]

特に「ハバキ」の拵えを手がけていた職人さんに、年配で通の方がこちらの聞きたいことを質問してくれたので、運よく拝聴する事ができました。
「ハバキ」など、直接金属と金属を密着させる部分は先に仕上げて、刀の研ぎは一番最後だそうです。ハバキは二重構造になっていて、一枚目の下部分を切り、二枚目の下部を接合しサンドイッチのように一枚目を挟むとのこと。
残念だったのは研ぎ師があまりに人気で、拝見できませんでした。なんたるこっちゃ。

ちなみに太刀と打刀の違いは、太刀は馬上で使用することを想定して刀身の反りが深く長い。
刀(打刀)は徒歩(かち)で戦うのに適した長さと反りになってます。

しかし、馬上から速度を出して抜き払う場合もあるだろうから、太刀の方がその名の通り刀身が太いのかな、などと思っていたのだけど、展示品を見たらそうでもないみたい。
その時代の流行りなどで細い太いなども変わってくるだろうから、一概には言えませんが。

ちなみに幕末の土佐では長刀が流行っていて、その為京都などで不逞浪士取り締まりの際に抜きが遅くなり殺されるとか、室内での抜刀に適さないため、禁止されたとか廃れたとか。
高杉晋作は長刀の愛好者で有名ですよね。

柄の部分の、柄巻きの下の皮を「親粒」といいますが、鮫の皮ではなく「エイ」の皮を使用している物もありました。

「刀」から生まれた慣用句は沢山ありますよね。

  • 鎬を削る
  • 鍔迫り合い
  • 付け焼刃

などなど。それだけ武家社会で身近にあったものなんですよね。
乱暴に言えば戦いの道具なので、現代に普及するわけも無いのですが、これだけ精巧な物を作る技術が失われるのはやはり惜しい。精神統一するものとして、いつか一つ持ちたいとも思う。


近藤勇の借用書! [歴史あれこれ]

■幕末ニュース

一週間ほど遅いですが、こんなニュースが!(もうnewではないが・・・)

近藤勇の借用書、公開 幕府再興のため借金2000万円
産経新聞 6月29日(金)7時55分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120629-00000089-san-soci

なんとまぁ、貸すほうも豪気なこと。
ま、新撰組の借金ヒストリーは居候していた八木家に始まり、芹沢鴨の鴻池強請りやら、多摩の同士小島鹿之助への無心など、隊の歴史は借金の歴史とも言えるので瓦解直前に借金していたとしても今更驚く事でもないのですが、借用書が残っていたのは興味深いですね。

しかも借金先の「加島屋」は現大同生命保険なんですね~。
凄い。しかし鴻池といい、三越といい、幕末の豪商というのは、本当に小藩なら簡単に買えてしまうといわれていたけど、凄い資本があったんだなとつくづく実感します。

借用した年月日は、伊東甲子太郎一派との『油小路の血闘』も終わり、本格的に薩長側で倒幕の機運が本格的になり始めた頃ですよね。
近藤勇らがこの後の『鳥羽伏見の戦い』のような戦争になると予期していた事の裏づけにもなっていると思います。

この借用書は最終的にどこへ保管されるのだろう。
大同生命が京都の『霊山歴史館』にでも寄贈してくれたら、見学できるのにな。


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