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創業600年超、塩瀬の味 [老舗飲食店・和のお店]

■塩瀬総本家

どうしてここに?と思わずにはいられない場所にあります。
ですが、自社ビルの看板にはずらりと色々な茶道の流派名が。
四つの流派の茶道教室と香道の教室があり、このビル一つで日本文化がぎゅっと詰まっているよう。
塩瀬1階の奥には、茶室も拵えてあり、実際に使用されるそうです。
(又隠といい、裏千家を代表する茶室だそうです)
塩瀬経営者が日本文化を大事にしていることがよくわかります。

さて、塩瀬そのものについて。
とても接客が心地よく人柄の良さがにじみ出ている(上に器量よし)店員さんと歓談。

建築会社【金剛組】が飛鳥時代から創業しているとして有名ですが、和菓子屋では【とらや】が1514年創業、【塩瀬総本家】が1349年以上あるとして有名だそうです。

塩瀬には様々な種類の和菓子があって、目移りしてしまいます。
特に、『劇聖』といわれた9代目団十郎の命名した『袖ヶ浦』、歌舞伎好きとしては購入せずにはいられません。
最中と餡子が別々で、自分で載せる種類です。
餡子を入れるのが下手な私には多少難儀なものの、最中の皮が香ばしくって、その場で焼いたかのような芳しさ。

本饅頭…『徳川家康が長篠の戦に出陣した際、献上された本饅頭を兜に盛って軍神に供え、戦勝を祈願したことから「兜饅頭」とも呼ばれています』とのこと。
江戸が出来る前に、なぜ徳川家康が…?というと、塩瀬は京都⇒三河国と場所を変遷しているからです。

見た目は凄く甘そうですが、あっさりしていて、豆が立っていつつ滑らかなのに時間が経っても崩れません。そのバランスが難しいのだろうな、としみじみ。

志ほせ饅頭…塩瀬の定番品。贈答品、折り詰めは文字の焼印ですが、ばら売りは兎の柄。自然薯まんじゅうなので、普通の蒸し饅頭よりも皮がほどよくもっちりと。一口サイズなので沢山食べてしまいます。

豆大福絶品!!私の食べた歴代大福の中で、一二を争うかもしれません。なんていって褒めていいかわからないので、食べてくださいとしか言えません(笑)

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↑ばら売りでもきちんと箱詰めしてくれるのが嬉しい

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共通テーマ:グルメ・料理

歌舞伎座 七月花形歌舞伎『四谷怪談』 [★伝統芸能]

■四谷怪談
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四谷怪談が、あの忠臣蔵の世界を元に描かれたということを恥ずかしながら始めて知った。
伊右衛門は不忠義の赤穂浪士、喜兵衛は仇の吉良なのですねー。

鶴屋南北が戯作者だが、そのアイデアの元になっているのは実際に起きた事件に由来しているとのこと。
・直助権兵衛は、二人同時に主人殺しで鈴が森で処刑された罪人がモデル。
・小仏小平とお岩の「戸板返し」は隠亡堀に情死した二人の死骸が流れ着いた事件がモデル。

また、実は文政十年に「文政寺社町方書上」という公式文書があり、そこに記載されているのが「顔がつぶれた岩に婿入りする伊右衛門。伊藤喜兵衛と(画策して)騙して離別する」と書いてあり、四谷怪談にそっくりなのだそうだ。
しかし、この文書は歌舞伎四谷怪談の上演二年後に書かれたので、どちらが元かはわからないという。

また、武家では俗に『四谷美談』と言われる「お岩はお家再興」のシンボルとして武家の妻の内助の功・美徳として伝えていることが多く、庶民の間では無念のうちに殺された『四谷怪談』の方を積極的に口伝されていたという。
まあいつの時代もどろどろした話や怖い話のほうがネタになるものだし好奇心をそそられるもの。庶民にとってより面白い方が真実になってしまうのだろう。

歌舞伎本題。伊右衛門の心変わりがあまりに短絡的にみえる。
義父を殺してまで復縁した岩に、手のひらを返して冷たくなる。場が変わった時はある程度時が経った後とはいえ、その心境の変化についていけない。
すると、そもそも伊右衛門は序幕から岩が好きというより、ただ己の体裁と支度金の着服を外聞に漏らさぬために復縁したかったとしか考えられない。
お梅と喜兵衛も、伊右衛門のしらぬ間にお岩に騙して毒を飲ませた割には、それをぬけぬけと伊右衛門に喋ってしまう。
伊右衛門に岡惚れしているお梅が、それをばらして愛想をつかされるとは思わない辺りが、伊右衛門の人となりを知っているからなのだろうけど、そんな冷血人間を好きになる神経が信じられない。
その祖父の喜兵衛は、敵討ちとして狙われている旧赤穂藩士の一人を取り込めるという利点はあるが、まぁー出てくる人間みなどうしようもない非道な奴等ばかり。

尾上菊之助は恐ろしさより薄幸の美女というたおやかな雰囲気が、哀れを誘う。薬を飲む所作が丁寧で、お岩の人となりを表していると思った。

尾上松緑は、ご本人の会見で拝見した雰囲気そのままの、いかにも男臭~い権兵衛。
野心はあるが、その場しのぎのいい加減な男。地に足の着かない浮ついたやつ。
しかし尾上松緑がやると小物というより大器晩成しそうな底知れぬあくどさを感じた。

有名な仕掛けは後半に畳み掛けるように出現するんですね。目を凝らしていないと、いつのまにか仕掛けが始まっています。
初めての生「提灯抜け」は怖いというより楽しかった(笑)
私が一番怖かったのは、伊右衛門と母親が、人に頼んでお経で身を守っているところをお岩がウロウロしているシーン。ゾンビみたいで。

しかし今回もまた会場で、「なぜここで笑うのだろう」という場面で笑いが起きた。伊右衛門が蚊帳を持っていくところで、「これだけは」と岩がしがみつき引きずられるところだ。
年の差?感覚の差?私はお岩が可哀想でほとほといや~な気持ちになったのだけど。
役者はどう思っているんだろうなぁ。

ともかくも通しだけれどあっという間に感じるほど面白かった。
夢の場を削って、お梅と直助が兄弟と知って同衾を恥じ、お梅が自害する場もぜひ入れて欲しいけど、通しでやるには長すぎてしまうのだろうな…。

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↑幕間用にお弁当を

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弁松さんの白詰め弁当

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↑こちらは赤飯使用の「赤詰め」

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↑紅白の餅が入っている「めで鯛焼き」

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↑「劇聖」と呼ばれた九代目市川団十郎

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「きのね」と団十郎 [★伝統芸能]

■大谷図書館

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歌舞伎を見る前に、予習として『大谷図書館』へ。
こちらは書架式なので、事前に読みたい書物のタイトルやテーマを決めておかないと、こちらも司書さんも大変困ることになります。

蔵書の名前が分類されている引き出しがあり、そこから読みたい本屋資料のカードを引き抜いて受付へ持って行きます。
なかなか探し出せないでいると、司書さんが丁寧に声をかけてくれて、知りたいことを伝えると適当に見繕って持ってきてくれました。

読書部屋はあまり広くありません。持ち物を入り口のロッカーにいれ、ペンと紙のみ持ち込めます。多少不便に感じるとも、知りたい人にとっては非常に便利で、かつ貴重な時間を過ごせる資料館といえます。

きのね〈上〉 (新潮文庫)

きのね〈上〉 (新潮文庫)

  • 作者: 宮尾 登美子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1999/03/30
  • メディア: 文庫

きのね〈下〉 (新潮文庫)

きのね〈下〉 (新潮文庫)

  • 作者: 宮尾 登美子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1999/03/30
  • メディア: 文庫



私は今回は十一代目市川団十郎と、これから観劇する四谷怪談について。
「きのね」を読んでから、ふつふつと十一代目団十郎への好奇心が湧き起こってきた。
というよりむしろ、家政婦であったにも関わらず絶世の人気を誇った団十郎を射止めた妻・千代さんへの好奇心がはちきれんばかりになってしまった。
一目千代さんを見たい、きっとお顔を見たら、幼い頃から辛酸をなめた女性の生き様、それが伝わってくるはずと思い、検索するもネットで一枚も当時の写真がヒットせず、致し方ないので団十郎の生涯から想像に想像を重ねて我慢することにしたという次第。

●今回読んだ書物

・『十一世 市川団十郎/石井雅子写真集』―朝日ソノラマ(1981年/¥4800)
・『十一代目 市川団十郎 特集号』―歌舞伎座(昭和55年)
・『市川団十郎』前田青邨・大佛次郎』―淡交社 限定800部(昭和45年/¥9000)
・『錦絵に見る「東海道四谷怪談」の世界(NO20/図録)』―赤穂市立歴史博物館(平成17年)
・2004(平成16年7月~12月)歌舞伎座筋書
・『四谷怪談は面白い(横山泰子)』―平凡社(1997年)


特に『市川団十郎』には、前田青頓・大仏次郎という「きのね」でも登場した名士たちが追悼文を寄せている。きのねをなぞらえたような(いや、逆か)団十郎の姿がまるで旧知の間柄の人を思い返すように、脳裡に浮かんでくる。

団十郎は相当な癇癪持ちで、よく身内に当り散らしたと伝えられる。
現代だとDVと言われてしまいそうだが、一昔にはよくある亭主関白のひどい版と考えればよいか。
『きのね』で描かれたとおりの人柄だったようで、大佛次郎の述懐にも「決して遊び得ない不幸な美徳が身についていて、演技の間に凝集した火花のような悲壮な輝きをみせた」と記述があり、真面目なあまり不器用な方だったようだ。

熱した鉄に水をかけると激しく飛び散るがごとく、実生活でも気が散るような、余計なことが芸を濁すとばかりに攻撃をもってこれを打ち払う。それが下の者、家の者に多く向けられたのは生活と芸を上手く仕分けられなかったからなのだろう。
「余計なことを嫌う」という点で着物や化粧に現を抜かすようなお嬢様ではなく、彼と同じ様な生一本な千代さんだからこそ、団十郎も伴侶として選んだのではなかろうかという思いがより一層強くなった。
写真集の市川団十郎は、高貴な血が通っているような、えもいわれぬ気品があった。
生の芝居を観て見たかったものだなぁ。


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