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川崎市立日本民家園② [◇江戸寺社・史跡めぐり]

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↑食堂の山下家住宅です

地方によって部屋の様々な呼称が合っておもしろいですね。 一部抜粋すると・・・
関東・・・入母屋造り「イマ」「ブツマ」「アガリマ」「ナカノマ」「ザシキ」
五箇山・・・「デイ」「オエ」「オマエ」「ヘヤ」「オイエ」「ウスナワ」
長野・・・「オオエ」「トオリ」
そのほかにもたくさんの呼称がありました。建物の造りによって勿論ある一定の名称があるのですが、それに地域性が加わり、同じ性質の部屋だが微妙に異なるようで、専門家で無いと覚えきれません。

五箇山の秘境から移築した合掌造りの家「山田家住宅」には、水舟という外から水を引く、いわば水道の掛け樋がカッテにひかれていました。知恵ですね。
また、大きな仏壇は現在でも五箇山の民宿などで見られます(テレビで見ただけですが) 。

畳をしかず、土の上に直接藁を敷き詰めて暖をとる「土座」のため、蚤/ダニに喰われ大変な「広瀬家住宅」だとか、中は臭くてじめついて暗いとか、色々大変なこともあっただろうけれど、広くて簡素で使い込まれた梁などがとても魅力的です。

地方の歌舞伎舞台が生で見れたことは嬉しいですね!
三重県志摩市の安政五年築のもので、すっぽんと花道もちゃーんとあります。正面の鬼瓦はなかなか見事。
あの独特の節回しは、屋外の人々の隅々にまで行き渡るように、ということから変化した由来がある。
野外なので、昔ながらの歌舞伎舞台がどんなものか、今度観劇しに再訪したい。

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↑江向家住宅

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↑佐々木家住宅

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↑菅の船頭小屋。駕籠のように、担いで運べた優れもの



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↑煙草盆とお茶

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↑歌舞伎舞台「船越の舞台」へは、奈落を通っていきます

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↑この先は入れません。脇に逃げる道があるのでそちらを使用

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↑若の鬼瓦

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↑回り装置も立派

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↑民家内で民芸品の用途説明が

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↑初めて見た!藁でつくった水引

川崎市立日本民家園① [◇江戸寺社・史跡めぐり]

●HP・・・http://www.nihonminkaen.jp/

向ヶ丘遊園のバラ特別開園と合わせて見学に行きました。

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一歩足を踏み入れると、どこか地方の奥山に分け入ったような[グッド(上向き矢印)]
野外博物館とはいうものの、日本の廃村に旅行に来た心境になります。
使い込まれた家々の佇まいというのは、なぜか静かに心にしみいる。
この雰囲気というのはなぜ生まれるのか?不思議ですね。
ただ単に人間がそう判断していると言われてしまえばそれまでですが。
新築モデルハウスが立ち並ぶエリアより、今は人が住んでいない古民家のほうが落ち着きます。

自然の物の良さというのは、今ではかっこつけて「3R」なんて呼びますけど、必要だけの資源を使い、その資源を丁寧に長持ちさせ、使われなくなったら「燃やす」などの原料になるというところですよね。
茅葺きなども蕗き替えた後は何かに利用していたと思われますし。

なんなんでしょうね、昔から行っていた習慣を、横文字にしてしまうのは。
日本人の特性を外国からの輸入文化としてわざわざすり替えてしまっている気がします。 もったいない。

概ね東北地方の移築が多い物の、なかには鹿児島からの移築した高倉などもありました。
高倉にはネズミ返しがしかけられていて、それを下からのぞき見ることができます。
温暖な気候だと害虫やら害獣やらが多くて大変でしょうね。

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雪国の民家では、囲炉裏の上に藁沓やかんじきを干していて、驚いた。
ご飯食べる場所でもありますよね。
展示上なのか、それとも実際にそうだったのでしょうか?濡れた沓って相当臭いけど(笑)
それとも皮や合皮やゴムではないから、そんなに臭くないのかもしれませんね。

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記憶に残ったものだけ書いて各古民家の説明はHPに詳しいので省きます。

馬を土間につなぐ馬宿の「鈴木家住宅」
こういう馬を中に入れるのは日本の特性で、幕末期の旅行家のイザベラ・バードは「臭くてたまらない」と言っていました。
また、西洋では尻から厩舎に入れるが、日本では頭から入れるので、引っ張り出すときに蹴られて危険だと不思議がる記述がありました。
厩舎を別に作る面積が無いのか、盗人を恐れてなのか。馬一頭の価値が高く、死なれては困るからなのか。

また、役人の来訪の際に失礼にならないよう、簡易的な床の間がしつらえてある名主の家「佐々木家住宅」。
こちらは最初、ネドコがナカノマと仕切られていなかったが、ネドコを横切ってマエデノザシキに行くことになるので、後ほど仕切ったということ。

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↑原家住宅。大地主の家

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↑鈴木家住宅。

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↑土間といわず馬屋(マヤ)。馬を土間につないだとのこと

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↑井岡家住宅。もとは油屋

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↑黒漆喰のかまど

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裏庭まで一直線!

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↑裏庭に咲くがまの穂

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↑佐地家の門。武家屋敷の門です

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↑移築前の写真

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↑門番が詰めた部屋。薄暗いです

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↑三澤家住宅、宿場です。石置板葺の屋根は、強い風雨ですぐ転げそう

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↑水車小屋

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