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特別展「医は仁術」 [★和の催し]

■国立科学博物館

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いま謎の発疹と痒みに悩まされています。
二週間ほど自然治癒するのを待ったが治らず、結局病院に行きました。
病院に行ったと言っても、1時間半待って視診触診はほぼ行われずアレルゲンの検査も行われず、薬を処方してもらっただけなのだが、薬があるだけでもましなのかもしれない。

明治初期に訪日した旅行家イザベラ・バードの『イザベラ・バードの日本紀行 (上) (講談社学術文庫 1871)』という紀行録を読んでいますが、たった100年前、日本の山間部の田舎ではほぼ全員が何かしらの皮膚病にかかっており、それも清潔な水で顔を洗い、清潔な衣類を着ていないからという単純な理由からだったというから、都会と田舎との隔たりに戸惑うと共に、現代との知識格差にも驚く。
現代人の医学・科学力は限りない早い速度で進んでいて、専門外である一般人の知識も相当底上げされているのを実感します。

こうやって簡単に薬が手に入る事が、本当に奇跡的なのかもしれず、こういう時代に生まれたことが不思議でならない。
先人たちの苦労が詰まった一錠をしげしげと眺めました。

今回の展示を見る前に、【謎解き!江戸のススメ】というBSの番組で『江戸の医学』という回があり、全くいい予習材料として役に立ちました。

妻が失明、母が命を縮めた代償に全身麻酔薬を完成させた華岡青洲。
人体実験を行うわけに行かず悩んでいた花岡に、彼女らは自ら被献体となった。
日本人のために、ひいては人民のためにとその身を供したその覚悟に戦慄。

その甲斐あって、花岡は日本でのみならず世界で初めて【全身麻酔】を成功させたというから凄い。
西洋の文献を渉猟していて全身麻酔例がなかったのだろうから、自分自身が「世界初」の試みをするという自負はあっただろうけど、成功したからと言って驕らず幕府にお抱え医師に請われるも断ったという。
民間のために尽くしたいと言ったそうです。「人を助けるという無常の喜びを感じていたのでしょう。
「いつ死んでもおかしくない年齢だから、失敗しても本望」と手術を乞うた患者も、ある意味青洲と共にこの薬の完成に自分の生存以上の意義を感じていたのではないでしょうか。
茫漠とした感動に包まれます。

1754年、日本初の「腑分け」に立ち会った山脇東洋の記録図は、とても解剖図とはいえないお粗末なものでした。
当時は役人のもととても短時間で行わなくてはならなかったため、正確に描写することなど不可能だったのでしょう。

それまで五臓六腑と思われていた謎の臓器はきちんと省かれているが、肺の描写はその後の時代も一際苦労したようで、外気に触れたせいで縮んでしまったような黒ずんだ肺やら葡萄の房のような肺やら、どうも本物からほど遠い図が多かった。

時は下がり、江戸時代後期に死刑囚を解剖した絵巻物は圧巻。
細かなすべてのパーツが分解され、一つ一つ丹念に描かれている。中には初めての女性の解剖図もあり、陰部の表皮を輪切りにして形を正確に描いたもの、顔を輪切りにし眼球を丹念に描いたものもあり、一見凄惨なのだが、こういった不断の努力が偏見の弊害にあいつつも医学の一歩なのだなとヒシと感じる。

逆子を治す至極単純な器械から、西洋医学と出会って進歩したピンセットやメスなどの機器、様々な品物があった。
江戸時代は簡単に輸入できないので西洋の器械を見よう見真似で自作したというから、つくづく日本人は手先が器用だと思う。

医学が発達しなかったのは、仏教における死生観や、「親にもらった体を切るなんて罰が当たる」という、半ば怨霊信仰じみた道徳観があったからだとも思う。
それが悪かったとは簡単に割り切れない部分もあって、「いつまでも長生きできる」という慢心にみちた現代人より、末期への達観が熟している江戸時代までの日本人の方が見苦しくないのかもしれない。

でも、やはり「至極単純なことで」命を落とすのは勿体ないですよね。
解体新書を「茫洋とした大海に出るような心もとの無さ」で解読に挑戦した杉田玄白前野良沢中川淳庵ら、天然痘の種痘法を確立した緒方洪庵など、もう頭が下がるばかり。

最後には「ips細胞」が展示され、顕微鏡で見学できたが人だかりだったので諦めました。
しかし私は万能細胞も意義あることなのだが、現代に蔓延している「アレルギー」のアレルゲンを特定する技術を精査してほしい。これは化学物質や放射性物質にまみれた環境のせいだとは思うけど、日本人はそのうちアレルギーで死亡率が高くなってしまうんじゃないか。
江戸時代には不潔にしているための「皮膚病」、寄生虫による「皮膚の膨張」、貝毒・フグ毒などにあたる「突然死(アナフィラキシー)」などはあったが、謎の痒みという文献は見たことがない。
ある程度同じものばかり食べていたからというのもあるだろうが、明治以前の方が、いわゆるアレルギーは少なかったのではないかと思う。

病気除けの神「神農(自ら百の草を食み、薬と毒とを分けた本草医学の祖)」の札をを祀り、八百万の神に祈るだけしかなかった医学はどこまで進歩するのだろうか。
3Dプリンタなどを駆使し、患者の臓器を立体的に構築し、切除方法などのシュミレーションに役立てているそうです。
しかし人間が生きていく限り、新たなウイルスや病原菌に対しての果てのない闘いが続くのでしょう。

そして最後のコーナー、鉄拳さんのパラパラ漫画はわかりやすい話ですけど物凄く感動します。
会場中すすり泣きでした!

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↑神農の一般的な絵図


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琵琶湖(梅屋敷) [老舗飲食店・和のお店]

●HP…http://tabelog.com/tokyo/A1315/A131503/13076485/

■古きよき喫茶店


ナポリタンスパゲッティが有名なので、近くに住む同僚ど食べに行きました。
外観は山小屋風の店内は程よいレトロ具合。

メニューを開くと、あまりの多さにびっくり!んー、さすが。経営期間が長いお店って、どんどんお品書きが増えていきますよね。
ケーキもパフェもハニートーストも気になるけど、卓はあまり大きくないので、欲張らず一人一品ずつ注文。
なかには『沢庵とジャコのピザ』というメニューもあり、けっこう人気なのだとか。

色々惹かれつつも初心に戻ってナポリタンを注文。
激混みだったので、少し時間がかかりましたが、待った甲斐はありました。
濃くのある甘味に少しピリッとする辛みがあって、炒めた香ばしさがいい。
トマトの酸味と甘みが本当に美味しいです。

分煙されていないので、タバコの煙が苦手な人は気になると思いますが、それを抜きにすれば居心地がいいです。

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↑ナポリタンはサラダつきです

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河野談話の全文 [日本を憂う]

日韓で永遠に紛糾し続けるであろう問題、従軍慰安婦問題において、引き合いに出される河野談話の全文がニュースサイトに載っていたので備忘録として貼り付けておこうと思いました。


慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話

 いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。

 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。

 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。

 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。

 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。

 なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。
(1993年8月4日、外務省ウェブサイトより)


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