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全生庵、再びの写経 [◇江戸寺社・史跡めぐり]

■全生庵・・・http://www.theway.jp/zen/

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再び全生庵へ2回目の写経へ行きました。
初回よりも集中力が切れていたように思います。だめですね・・・。早めに書き終わってしまいました。
小学生くらいのお子さんがいて、ちらっと見ると、見事なまでの達筆。私の速度の半分にも満たしていなかったので、いかに丁寧に真剣に書いているということか。己を恥じました。

今回も般若心経の解説がありました。
写経会ごとに、一行しか解説が進まない…と執事さんが仰ってましたが、それだけ奥が深いということですね。

仏教の信頼できるところは、哲学そのものだというところ。
釈尊は自分を神だとはいっておらず、皆が悟りを開き仏になる心理を説いている。
他の一神教と違うのは、仏陀は神から神託をうけた預言者ではないということですね。ましてや神の子とも言っていない。
(天上天下唯我独尊は、後世の創作)

端的に解釈すると、人間であることの苦しみは、人間性を棄て自然と一体化することで解消する。
自然=宇宙の摂理を知ると、穏やかな完全なる平等の心が生まれることにつながるのだな、と思うのです。
一神教は完全に人間を率いる存在がいて、神と人間の契約なんですよね。
そこに宗教を作り出した人間の、人間こそが選ばれた種なのだという傲りが垣間見えます。
ゆえに「信じる者だけが救われる」という言う言葉自体が、既に選民思想なのではと思ってしまう。
聖書もコーランも読んだことはないのですが、万物の命についてはどういう考え方なのだろう。

普段宗教を意識しない人でも、一神教に対し心でどこか抵抗感を感じる人が日本人に多いのは、アニマニズムと仏教の考えに自然に寄り沿っているからではないのかな。

写経を終えて、住職さんとお話を伺い、また色々と知ることができました。

  • 臨済宗は総本山はなく、大本山のみ。
  • 大本山も~派といくつかあるが、位は同格で特に優劣はない。大本山同士で経典に違いはなく、ただ同門かどうかだけ。臨済宗は位は15くらいあり。七番目が住職。
  • 印を重視するのは真言宗など。袖の中で印を汲みながら読経を行うときがある。臨済宗は印を重視しない。
  • 修行は寺の師匠につき何年間か勤め、その後試験を受けて大本山から免状を受ける。
  • 臨済宗も今は社会人として働きながら寺務を行う地方の人が多い。


等々お話ししていたら、出家を考えているのですか?と聞かれてしまいました。
考えていません、すみません(笑)

この日もまた、とても有意義な時間が過ごせました。


日暮里の隠れ家、谷中の雀 [老舗飲食店・和のお店]

●食べログ・・・http://tabelog.com/tokyo/A1311/A131105/13145437/
●ヒトサラ・・・http://hitosara.com/tlog_13145437/

初音小路の奥に、超ひっそりと営業している小料理屋さん。
軍鶏が食べたくて、鬼平で検索したら「鬼平好みの軍鶏鍋」でhit。
電話して予約を取りましたが、行ってみてびっくり。

入り口がわからない。
入り口だと思って普通に一階の引き戸を開けたら、びっくり、目の前に人が座ってる。
実は入り口は狭い路地を脇に入り、建物の裏を回ったところにあり、その裏口から二階に直接上がるというシステム。

一階は客席のみで、店の入り口は客の出入りにしか使われず、給仕はカウンター状になった台所の奥から直接出しているようです。
そんなことを知らない私たちは、その狭い一階席をなんとかくぐり抜けて中に入らねばならないと思い込み、一階の客と押し問答、少し嫌な気分に。店主が非常に気さくでいい人だったので気を持ち直しました。

二階席も二卓しかないので、隠れ家の雰囲気はたっぷり。
店主は奥様と二人三脚で切り盛りしているそうですが、この日は奥様がお休みで、一階と二階を行ったり来たりで大変そうでした(階段も一人やっと通れる狭さ)。洗い物もたまり手に着かない様子で、こちらが手伝いたい気持ちになりました。

お料理は滋味のある郷土料理を食べているようで、茶碗蒸し、蕪の煮物や魚の煮付けなど、そのときの手に入れらる具材と、奥様の田舎・長野県で採れた野菜などで構成しているそうです。

そんな話を肴に、適当に見繕ってもらった日本酒をお洒落な酒器で楽しむ。
中でも波のような文様が酒を通しゆらめく金の片口が好きでした。

ちょっと残念だったのは、楽しみの軍鶏鍋のお肉が少なかったこと!
お野菜もゴボウもたっぷりでしたが、なかなかお肉は手に入らなかったのかな?
でもそれまでのお料理の品数もたっぷり五種類くらい、お酒も五合ぐらい飲んで一人4000円下回ったので、しょうがないかな~。店主に会いに、また行きたいと思う店です。


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羽二重団子で至福の一服 [老舗飲食店・和のお店]

■善性寺

羽二重団子の目の前にあるお寺です。
1487創建。将軍・徳川家宣の生母・長昌院が葬られたのち、家宣の弟・松平清武がこちらに隠棲したので、将軍の「おなり」がしばしばあったとのこと。フォルムがだいぶデフォルメされた大黒天像があったり、甕や鉄瓶の掘られた巨大な石灯篭が立っていたりと、なかなか興味深いお寺ではあります。
35代横綱双葉山二代目・中村又五郎の墓、隼人稲荷が敷地内にあります。

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■羽二重団子

元々は文政二年に創業の「藤の木茶屋」といい、団子の決め細やかさが話題となって「羽二重」という通り名になった。
現在はそれが店名として登録されています。

生醤油の焼き団子と餡、各々の作り方を変えているのが特徴。
焼きは少し舌に米粒が残るようなざらつきがあり、餡の方はこれぞ絹、と思わせる舌触り。個人的にはやはり餡に軍配。
テーブルからみえる庭園が当時の面影を残しているといい、植わっている樹木も長寿であるとともに、信楽焼の狸も年代物だそうです。

かの戊辰戦争のときに、上野彰義隊がこの店に逃げ込んで装束や旗を置き去りにしたということで、その遺物が入口にかためて置かれていました。
使われなくなった階段箪笥の下、大きな手鏡と算盤など商家の古道具に混じり、その奥に刃先のない長槍がありました。槍と言えば原田佐之助を連想します。
彼の行方はようとして知れず・・・ですのでもしかしたら、彼も残党一派にいたかもしれない…などと思いを馳せてしまいます。
こちらの店は文豪とも縁が深く、泉鏡花が明治32年、正岡子規が43年にこの店を作品に登場させてます。

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↑芋坂の名前もむなしく

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↑羽二重団子から根津方面へ芋坂をのぼったところ


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