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◇江戸寺社・史跡めぐり ブログトップ
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上野めぐり~横山大観記念館・黒船亭・時撞堂 [◇江戸寺社・史跡めぐり]



横山大観記念館は、彼が没するまで住んでいたアトリエ兼住居。
広すぎず狭すぎず、質実剛健な簡素な趣のなかにこだわりの設え。
欄間の飾りや梁、それらは選び抜かれた材木で拵えてあります。

ボランティアで解説の方がいらっしゃったので、聞き覚えを記します。
晩年の画室(第二客室)には、院展に出展した最後の絵画風蕭蕭兮易水寒が飾られていました。
伝統的な日本画から離れて行く院展と、訣別するかのような意味が込められているそうです。

司馬遷の『史記』の漢詩をモチーフに、戦地へ赴く男が旅立った後の茫洋たる海を、犬が一匹佇んで眺めているという図。遠景は霧で霞み、非常に寂しさを醸し出す絵でした。
私は大観に関して其ほど詳しくはないのですが、朦朧体と呼ばれる由縁が至極よくわかる作品だと思いました。
犬は本物に似つかわしくなく、置物ののようで、所有している何か(硯?香炉?)の犬をモチーフにしているということでした。

90歳で没した後、こちらの客室で脳を解剖したそうです。その脳は、60歳くらいの若さだったそう。
視力が何万人に一人の割合の良さで、記憶力も人一倍良かったそうです。
天才の天才たる素質がすでに備わっていたと思わざるを得ません。

二階の仕事場からは、不忍池が借景となりとてもよい眺めが見れました。三枚障子になっており、その理由は、二枚よりも三枚の方が開けられる面積が広くなるからだそうです。

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■黒船亭


相変わらずの美味しさで人気を維持する黒船亭。
久々に入りましたが、ハンバーグは二種類のソースをつけていただき、とっても美味でした。
デミグラスソースもいいですが、大根おろしの和風ソースが気に入りました。あふれ出る肉汁がもったいなくって・・・(笑)友人のロールキャベツはボリュームもたっぷりでしたので、単品でも満足できたとのこと。
次回はそっちだな!

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東叡山寛永寺弁天堂と清水観音堂


すっかり紫陽花の季節です。今年は紫陽花の病気「葉化病」が流行っているのですが、上野の紫陽花は無事なようです。
横山大観記念館を出て、のんびりと散策中、ふと御朱印をいただいていないことを思いだし、タイトルの2つのお堂へと足を向けました。友人は、五条天神社の狐の祠などの存在を知らなかったようで、案内するとすごく喜んでくれました。

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↑月見の松

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■時鐘堂

松尾芭蕉も「花の雲 鐘は上野か浅草か」と詠んだ時の鐘。1666年からずっと変わらず、朝夕6時に鐘が鳴ります。実は今でも鐘撞番の方がいらっしゃり、人力で撞いているとのこと。
こちらには一般人は上れませんが、江戸時代と変わらない鐘の音、今度上野に行ったときは目をつむり耳を澄ませ、遠い昔に思いを馳せてはいかがでしょうか。

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靖国神社・東京大神宮 [◇江戸寺社・史跡めぐり]

■靖国神社

●HP・・・http://www.yasukuni.or.jp/

奉納相撲のときに頂いたご朱印。
お正月の靖国神社の様子をblogに書いていなかったので、合わせて公開します。
お正月は遊就館が無料で公開されていました。 何年か前に行ったときよりも、時系列で丹念に見せる方法から、テーマごとにスッキリとした展示になっていたように思います。
あの有名な「お母さん」の手紙は、より際立たせ目に留まるようになっていました。


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↑伊勢神宮からの絵馬

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↑おかげ横丁が懐かしい


東京大神宮

●HP・・・http://www.tokyodaijingu.or.jp/

相変わらず女性から圧倒的な人気。 境内からも、東屋や生けられた花などから、どことなく上品で慎ましい印象を受けます。 常々なぜ縁結びとして有名なのか不思議に思っていました。
内宮の神、天照大神と、外宮の神が両方祭られているから縁結び??でも特に二人は夫婦ではなかったはず… と思ったら、「天地万物の生成化育つまり結びの働きを司る造化の三神があわせ祀られていることから」とホームページに理由が書いてありました。
恋愛成就だけではなく、人と人、いきとしいけるものの縁を結ぶということなのですね。


そういえば、もう一人の祭神、倭比賣命は伊勢に宮を作ることを推奨した初代斎宮ですよね。
土地と神を結び付けた、それも一つの縁結びと言えると思いました。
嬉しいことに雨が降った日にご朱印を頂くと、なんとクリアファイルを授けてくれます。

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↑雨の日にいただけるクリアファイル

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西船橋の神社~山野浅間神社 [◇江戸寺社・史跡めぐり]

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去年の秋のことですが、西船橋ラグビー観戦後にぶらぶらとしました。

寺社仏閣に行けば、その土地の在り方が何となく伝わってきます。

西船橋駅から国道沿いに進むと、なかなか立派で大きな参道か現れました。
緩やかで長い階段が続き、立派な銀杏の木が左右に並んでおり、長い年月この神社はここにこうして存在していたのだろうと一目でわかります。
きっと縁日には参道沿いに屋台が並ぶのでしょう。
段を上がるごとに違う屋台に目移りしてしまう沢山の子供たち。そんな様子がまざまざと浮かびます。
境内にはぶらんこと滑り台があり、遊ぶ小さな子とそれを見守るお爺さんがいました。

社殿は嘉永三年に造営と記されているので、西暦ですと1850年なので幕末でそれほど古くはないですね。
ただ、それ以前の鎌倉時代あたりからここは神域としてまつられていたようです。

浅間神社といえば、祭神はコノハナノサクヤヒメですね。昔はこここら富士山も見えたのでしょう。

ご朱印が頂けず、少し残念でした。 もう少し足を伸ばすと竜神社などもありましたが、雨が降ってきたので退散しました。


>>石碑より抜粋

此の神社、奈良平安時代から山野浅間神社 と稱する一宇の祠は、駿河の國富士浅間社 の勧請で木花咲耶姫を奉祀して、縁結び、 安産、子育ての神として近郷近在の尊詣頗る厚く、毎年七月一日の山開きには、お禮詣りの善男善女が列をなし登山参拝して大賑いであったと傳へ現在もその隆盛を誇っている。 山野浅間神社の名が廣く世に知られる所以である。 爾来、嘉永三年に神殿として造営され、昭和四十七年七月に増改築が行はれ間口四間三尺奥行七間三尺に及ぶ新社殿となった。 地方の信仰の中心である由緒深き霊地を、 有るが儘に任せるには偲びず、御許を仰ぎ 古き祠が鎮座していたといふ因縁の地を探 し求め、此の神殿を建立寄与した次第である。 入神の儀を行ひ、末永く霊験灼かに若き男女に縁結び安産、子育て、旅の安全の幸を授け給へと祈りてその由来を誌するもので ある。(境内石碑より)


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↑境内の裏に雷の落ちた大木がありました

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