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ZAPPA‐風(ふう)‐ [時代劇・ドラマ]

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http://zappa-zappa.com/pg177.html

劇団ザッパの芝居、風を見てきました。
沖田総司がサヴァン症候群で、同じ症状を持つ少女ら姉妹を絡めて、新撰組結成当初から池田屋までを描きます。

多摩のある日、破落戸に雇われた姉妹に騙されて、落とし穴に落ちた勇、歳三。
そこに同じく騙されて落ちた新八、山南、佐之助ら。
なんと彼らは試衛館ではなく、この落とし穴で初めて出会う設定。
姉妹も破落戸に騙されていたことを知り、なんとか穴から出ようとするのだが、そこで同じサヴァンのよもぎと総司も出会う。
そしてよもぎに天才的な絵の才能があることがここで明かされます。
姉のあかねと勇の間にはほのかな恋心が芽生え、互いに京都で一旗あげることを誓い合う。

が、徐々に歯車が狂っていく。
総司は誤って勇を傷つけてしまい、それから人を斬れなくなる。
よもぎらは似顔絵で生計を立てていたが、その才能ゆえに攘夷志士に利用され、結果的に全員死んでしまう。
ここで疑問なのは、姉の二人だけならまだしも、よもぎまで死んでしまう事。
同じサヴァンの総司は史実上死ぬのは明白なので、よもぎに未来を託し生き残った彼女が、後年死んでいった新撰組の面々を描き続ける…
そういったシナリオでもよかったのではないか。
あかねが勇の腕に抱かれながら、あれほどくどく末期の台詞を吐いたのにそれも台無しになってしまう。

また、隊士が矢鱈とドタバタするのが煩わしい。
それが、台詞のくささに輪をかけてしまっている。

芹沢鴨の腰巾着の新見錦と平山五郎が実は間者であり、芹沢は知らぬということ、芹沢が人斬りができなくなった総司をかばい死んでしまうなど、全体的に面白い展開なのだが、ずっと暑苦しいと陳腐に見えてしまい勿体無い。
二時間半もあるので、もう少しそぎ落としメリハリをつけてもいいのではと思いました。

ちなみに友人が隊服はあれは浅葱色ではないのに何故浅葱色と表現?と疑問に思っていたが、新撰組ファンにとってはまさしくいつも辟易していることで、あの空色は決して浅葱色ではない。
本物の浅葱色の羽織を揃えるのが大変なのだろうか。


染五郎の司会交代で寂しい限り [時代劇・ドラマ]

カテゴリは「ドラマ」ではないですが、テレビ番組ということで。
私が好きな番組はひどく偏っています。

・歴史ヒスとリア
・BS歴史館
・和風総本家
・ブラタモリ(終了)
・タイムスクープハンター(終了)

見事に歴史ばっかりですねぇ(ま、歴史以外にも映画やらドラマやら見てますが)。
その中でも、、【謎解き!江戸のススメ】と【美味しさの物語~幸福の一皿】は欠かさず録画!

最近怪我をしてファンの間ではヤキモキされた市川染五郎ですが、【謎解き】の司会も交代してしまって寂しいかぎり。
一瞬、怪我をしたから緊急降板だったのかと思いましたが、きちんと録画されていたので予定されていた交代のようですね。

暫くは敬愛する中村吉右衛門の【幸福の一皿】で我慢しますか。
この番組、なんだかしんみりするのですよね…。
オープニングの音楽と吉右衛門の語り口の相乗効果ですかね。
勿論この丁寧にお店を紹介する番組内容は好ましいものがあり、作り物のドラマより深い感銘を受けることもしばしばなのですが、吉右衛門のお皿に何も載っていない事が映像的に寂しい気もします。ま、吉右衛門だけ拝見できればいいか(笑

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↑スマホアプリはまだ染ちゃんです!

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↑HP用画面は鶴ちゃんになっちゃいました


最後の忠臣蔵 [時代劇・ドラマ]

お気に入り度★★★★★(号泣必至の名作)

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  • 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
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■孫左衛門は幸せだった

「死ぬことはないじゃないか」と思う人がいるだろう。
でも私はそうは思わない。
彼は、思いがけなく与えられた年月で、夢見ることさえなかった形の幸せをつかの間経験したのだ。
それ以上何かを求めることは「執着」であり「欲」であり、「醜い」んだろう。
彼にとって無目的に老いさらばえるのは生き恥でしかないのだ。
私たちが心揺さぶられるのは、窮屈な美学の中に恐れや虚栄心を押し込めたまま死んで行く侍の姿ではなく、無欲なまま粛々とした男の生きざまを目の当たりにして、彼に「死んで欲しくない」と心から思うからではないのか。

そこで、ふと思う。
滅私とはなんだろう。
確かに孫左衛門の一生は他人の為に己を捨て貫いて、主体性がないようにも映るだろう。
でもそれは、尽くす事によって彼も幸せを享受していると言えるし、人間本来の根本的な幸せの一つなのではないか。
後ろ向きな言葉にとられがちだが、その行為は深い精神の結びつきを内包しているのかもしれない。
自分、自分と言ってる割に自我が強い他人のことは許せない、そんな人間が多い中、凄く当たり前の事を思い出させてくれた。

寿命が長い人間は、自然界のように必要な分だけ生き、さらりと逝くことが難しい。
まござのように、自分の成すべきことがわかっていて、しかも自分にしかできない人生を全うした事が羨ましくも映る。
現代には人生の選択肢が沢山あり、私たちはあたかも全部選べる気になっている。
が、実際はどうだろう。勝手に自分の器を見誤って奢り、苛つき、現実とのギャップに勝手に苦しんではいないだろうか…。

孫左衛門の生き方はシンプルだが、禅的とは少し違う。彼の苦渋が刻まれた皮膚には、悩み、嫉妬、羨望、諦観が浮き出ている。
削ぎ落していくと最後まで彼を動かしていたのは、寺坂吉右衛門が圧倒される程の…愛情なんですよねぇ(泣)。
主人への、可音への、先に逝った仲間たちへの。

それにつけても、やっぱり悲しいのは残された女なんだなぁ。ゆうの気持ちを考えると…
女の幸せはいつまでたっても愛する人と仲睦まじく生きていくことだもの。
いつまでも愛する人を記憶していてあげるのが、女のつとめなのかもしれないね。

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