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富士宮の「お宮横丁」 [富士宮]

■藤太郎本店 

富士宮駅から浅間大社まで散策です。
藤太郎本店は昭和7年創業で、「黒みつ豆腐」が有名だそうですが、残念ながら日持ちしないので銅鑼焼きを購入しました。とてもどっしりして美味しかったです。 

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■お宮横丁

「ジェラートぷくいち」で一服。冬でしたが、歩いて体がホカホカしていたので、めちゃくちゃ上手い。
約100種類のメニューから、7種類を提供。毎日メニューが変わるそうです。
その後、「富士宮焼きそば」ブーム発祥の「富士宮焼きそば学会」で焼きそばを。
富士宮の焼きそばは、どこで提供されても同じ味になるようレシピがきちんとしているようです。
ちゃきちゃきしたおば様方が手早く作ってくれます。中は狭いので、外のベンチや自由席で色々購入して食べるのもいい。
プレハブのような外観なので、もう少し古めかしい造りにすれば味があるのになぁと思う。

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とかち麺工房 富士宮学会焼きそば 139g×12個

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  • 出版社/メーカー: とかち麺工房
  • メディア: 食品&飲料
富士宮やきそば 公式ガイドブック

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  • 作者: (株)しずおかオンライン編集部
  • 出版社/メーカー: しずおかオンライン
  • 発売日: 2007/05/31
  • メディア: ムック

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山本勘助めぐり②~吉野家・安女の墓 [富士宮]

■吉野家と誕生地の碑

住宅地をとことこ歩く。
村町の郷士だったと思われる立派な日本家屋がちらほら存在しました。全て山側に面し、石垣で1mほど高台に母屋があり、切石の坂が立派な木戸門に続いていて門柱まで拵えてありました。

吉野家は戦国時代葛山氏に仕える武将として活躍していましたが、江戸時代になると農民に格下げされてしまった。しかし名主として代々地域を治めてきたそうです。

>>看板抜粋
山本勘助が誕生したといわれる、父山本貞幸の本家であるここ吉野家で、江戸時代(約二百年前)、十四代吉野郷三が陣屋代官をしていた頃に造られました。
両脇に門番がいた部屋のある門であり、横が通用門となっている。
母屋は残念ながら昭和三十六年に、もらい火で全焼してしまいました。

~(途中割愛)~
山本勘助の兄「藤七」の子孫が、成和源氏吉野冠者の後裔として「山本氏家譜」を残していますが、その中に、「山本」の繁栄を願い、永遠に言い伝えられることを願った、次ぎのような思いが記されています。
一種蘆根 蔓千萬葉
巨海よ流 傳千億世

「武者鑑」という資料では、武士の番付が書いてあり、山本勘助と真田幸村、直江兼続が一番大きな名前で記されている。近代ではその存在自体が疑問視される事もある勘助ですが、相当評価が高い武士だったのですね。出自も謎とされているが、「甲斐国誌」やこういった吉野家の資料には残されているし、この一体は「山本」といい、清和源氏の流れをくむ吉野家の出自であれば、武田家で召抱えられてもおかしくないと思うわけです。

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↑立派な石垣に囲まれて

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↑長屋門が往時をものがたる

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↑長屋門の左手、林の手前に威風堂々と

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↑長屋門の裏に資料がありました

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↑母屋の前にある庭園


■安女の墓

さらに住宅地を進むと、高台に墓地があり、その手前に案内板があります。
元々は別の場所にぽつねんとあったそうですが、墓地整備の際に吉野家本家の墓域に移したとのこと。

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↑石碑の奥、移されたとはいえ墓石自体は古めかしい。当時のままなのだろうか

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↑帰り際、やまもとばしを渡る


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山本勘助めぐり①~山本八幡宮 [富士宮]

富士宮市に散策ルートが載っています。
http://www.city.fujinomiya.shizuoka.jp/kankou/kansuke/kansuke.htm
おおむね下の地図通りに巡りましたが、勘助坂から南はパスしました。
下図の簡略地図ですと簡単に回れてしまいそうですが、実際は富士根駅から山本八幡宮~安女の墓まで周り、また富士根駅まで戻るのに2時間ほどかかりました。

山本勘助というと、NHK大河ドラマ「風林火山」のラスト「やまもと~かん~すけ~」という雄たけびが忘れらない私です。

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■ルート(距離測)

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■山本八幡宮

吉野家初代「貞倫」という人が創建した「多田の森八幡宮」が山本八幡宮になった。
いつからかはわかりませんが、勘助はこの吉野家に生まれたと言われているので、後世名を馳せた山本勘助にちなみ「山本八幡宮」と呼称されるようになったのでしょう。
八幡宮とは応神天皇らを祭る神社で、清和源氏の氏神でもある。この八幡宮は多田満仲(源満仲)が祭神ともいわれている
中には立派な厨子があり、神仏混合で八幡宮は「八幡大菩薩」とも呼称されていたので、寺に安置される厨子が、神社にも収められているそうです。

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↑途中橋を渡ります

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