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待乳山聖天と池波正太郎・出生の地 [◇江戸寺社・史跡めぐり]

■待乳山聖天

大根と巾着の意匠が有名な寺です。最近はブラタモリにも登場。
一見すると神社に見えるが、待乳山聖天は浅草寺の支院で正しくは「待乳山本龍院」。

>>縁起
その創建は縁起によれば、推古天皇九年(601)夏、旱魃(かんばつ)のために人々が苦しみ喘いでいたときに、十一面観音が大聖尊歓喜天に化身してこの地に姿を現し、人々を救ったため、「聖天さま」として祀ったといわれる。

で、「聖天」とはなんぞやと常々思っていた。聖天と縮めると神道の神のようにも聞こえるので、長らく曖昧だった。

>>HPより引用
十一面観音菩薩を本地仏とする聖天さま(大聖歓喜天)は、仏法を守護し、仏道を行ずる人々を守護する天部の一人。
聖天の名称は、大日如来もしくは観自在菩薩の権化身であるために、歓喜天の本身(大日如来もしくは観自在菩薩)を表すために「聖」の字を用いて聖天としたという。

ふ・く・ざ・つ~要するに聖天は大聖歓喜天で又は十一面観音菩薩のことで天部衆のことだが、大日如来の化身でもある。って矛盾してない?大日如来がトップで菩薩はそのはず…。日本仏教のカオスだなぁ。

大根は心身丈夫、良縁成就、夫婦和合を表し、巾着は商売繁盛、聖天信仰の象徴とのこと。
拝殿には大根がうず高く積み上げられてました。大根がそれだけ江戸ではポピュラーだったという証拠でしょうね。

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吉原に通じる堀の一つ、山谷堀。その堀にかかっていた橋の一つが今戸橋。
今は堀も橋も無く、公園にその名残を留めているだけ。
待乳山聖天のすぐ横の公園には、池波正太郎出生の記念碑があります。
生家が目と鼻の先にあったとのこと。いやぁ…残っていて欲しかった…
私は、鬼平に出会って江戸がもっと好きになったと言っても過言じゃない。

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↑正門は閉まっている

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↑歌川広重も描いた!江戸時代の築地塀。こんな所でお目にかかれるとは…

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↑この下は天狗坂といって鬱蒼としていたらしい。今はこの眺望

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↑本堂に続く階段の右手には日本庭園が

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↑おでんの巾着が食べたくなってしまった(笑


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