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12月歌舞伎公演:知られざる忠臣蔵 [★伝統芸能]

■国立劇場

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↑ゆるキャラのくろごちゃんがいました!

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↑順位は意外と高い!?

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2013/12/25の備忘録です。
忠臣蔵祭りもこの歌舞伎で締め。
三作とも久しぶりの上演ということですが、この三作は頗るバランスがいいのではないかと思います。恒例にして欲しい。

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1・主税と右衛門七

討ち入り前夜の大石主税と、身分違いの親友・右衛門七の、心の葛藤を瑞々しく描きます。
17歳なのに死ななければならない若者が、周囲の大人たちには言えない本音を漏らす。
大石主税は大石家に生まれてしまったが為に、陥った我が身の運命を受け入れきれず、右衛門七は密かに慕いあう女性との、降ってわいた縁談に、心揺さぶられ苦しむ。

だが、そこにはどろどろとした悲嘆というものはなく、一種のすがすがしささえあり、最後の夜だから本音を言いたいというただそれだけの純粋さに心打たれる。
彼らは汚い欲にまみれていない純粋な名誉の死への誇りも併せ持っている。

右衛門七に結婚を迫るお美津役・米吉は、女性というより完全な「女子」!
同じ若手の七之助はしっとりとした上品な女性だが、米吉はぷりっとした柔らかい、女の子としか呼べない瑞々しさ。
こんなこというのなんですが、可愛いです。
特に鈴を鳴らして「待ってるわ」なんていう仕種。
少し歌昇は演技が固い気もしたけど、隼人はキリリと主税を演じた。

二人の様子を物陰から見ている内蔵助の歌六も、若い二人の雰囲気といかにも対照的で引き締まりました。


2・弥作の鎌腹

弟の侍・先崎弥五郎と百姓の兄・弥作。
同じ百姓出も、環境の違いがこれほどまでに人格形成に及ぼすのか。
優しさの中に揺るぎない信念のある芯の強い侍と、機転がまるできかないおっちょこちょいの百姓。

侍という生き物を図り違えていた弥作の死は、ある意味自業自得ともいえるが、覚悟を決めた時の、ただ兄であるというだけのちっぽけな矜持が宿った瞬間、人一倍大きな人間として目に映る。

ただの百姓である矢作が、見よう見まねで切腹しようとするさまは何とも言えない切なさ。
哀れすぎてもいけない。かといって急に人が変わったように凛々しくてもいけない。
難しい役を、吉右衛門が絶妙なバランスで演じる。


3・忠臣蔵形容画合

舞踊による忠臣蔵ダイジェスト版。
先月未見の、午前の部の場が多いので楽しめました。

笑い上戸・泣き上戸・怒り上戸(というのか?)のくだりがお気に入り。
特に笑い上戸(奴半平)・種之助の、酔いどれて箸が転がってもおかしい、という様がほんとに上手で、こちらもふつふつと腹の底からおかしさがこみ上げてきた。
上手ですねー。
セリフの無いところでも、どぶろくを抱えて眠りこける場面の幸せな寝顔なんかは、こっちもほろ酔いな気分になったりして。
あぐりの場面では、動きがあまりなかったので、ちょっと眠気が襲ってきてしまった。

後半、おかるの母の平凡な後日譚の場がある。
おかるは遊郭へ身売りしているし、勘平の切腹には関与してしまい、たった一人残されて、罪悪感に苛まされているのではないだろうかと心配する観客の為に作ったかのようだ。

こういったスピンオフのような話をいくつも設けるのは、小説のエピローグを読んでいるようで楽しい。歌舞伎は完成された芸能なのですね。

大トリ、吉右衛門が珍しく舞踊?と楽しみにしていたが、大石内蔵助はほんのちょっと最後に出てきただけでした。残念!


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幕間に一階の「濱ゆう」へ。開場後に予約しておくと便利。
その際先に代金を支払うという段取りになっており、幕間に来店すると、すぐに注文した品物が供されます。下の【劇場セット】はあんこにソフトクリームにと、甘いづくしですが、皮やウエハースに自由につけて食べると意外とあっさり、くどくない。

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