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◇江戸寺社・史跡めぐり ブログトップ
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神田めぐり~明治大学博物館・神田明神・妻恋神社・折り紙会館 [◇江戸寺社・史跡めぐり]

・コース…明治大学博物館~神田明神→妻恋神社→折り紙会館

何ヶ月も前ですが、東京医科歯科大学の帰り、平日半休をとって神田をぶらり。
行こうと思っていたさまざまな場所に立ち寄ることが出来ました。

■明治大学博物館

念願の・・・っていうのもおかしな話だが、復元された「アイアン・メイデン」を拝みに。
刑事罰の歴史の奥には急に古代遺跡のコーナー。この博物館、すごく偏ってるが面白いぞ。


アイアン・メイデンはギロチンとセットで置いてありました。

ギロチンは確かルイ16世が、代々処刑人を勤める一家のサンマンに「どうすれば苦しめずに首を落とせるのか」という助言を請われて「刃を斜めにすれば良い」といったそうな。
錠前作りが趣味だったから金属の性質が熟知していたというのは短絡的だけど、ルイ16世は博識だったそうですよね。その本人がギロチンで処刑されたというのも皮肉なものです。
日本の抱き石も相当酷く、骨が砕けて拷問から解放されても二度と歩けなくなってしまう者も多かったとか。

縄文時代の発掘品も充実。古代遺跡を見るにつけ、マクロ的視点では著しく見解が偏ってしまうのだなとつくづく感じた。古代遺跡を考察するときは、発掘現場も含めて推理しなければならないのだ。
自然発生的に破砕された岩石と、穿たれた鏃がどう違うかを見分けるには、例えば出土した状態がどの地層にどの傾きで刺さっていたのか、周囲には同じ岩石がなくその岩石だけ孤立していたのか、などを考えなければならないし、ヒトの動きも視野に入れなければならない。
どこから持ち込まれたのか、近くに貝塚など集落の痕跡があるかなどなどだ。そういった面白さを気がつかせてくれた。

関係ないが、機関誌「museum eyes」のあるコーナーの一文、「正しさではヒトは動かない。人をして、おのずと次の一歩を踏み出させるのは、正しさではない。美しさである。あるいは心地よさ。」という文面にも惹かれた。
芸術でも機械でも古美術の分野でも、共通する真理ですよね。

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↑未だに用途が解明されていない道具である銅鐸

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↑墳墓から出土した品々。右上の平たい土偶が可愛い

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↑各時代の御触書や刑法書物も充実

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↑新しく発見された西郷吉之助の肖像

「遠藤家旧店舗・住宅主屋


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カフェ井政として営業している「遠藤家旧店舗・住宅主屋」。
昭和2(1927)年に日本橋川沿いに材木商の遠藤達蔵氏によって建造された古民家で、江戸時代の商家の建築様式をもち、屋久杉や秋田杉などの良木を使い、「江戸黒」と呼ばれた黒漆喰の外壁や新しい銅板などを取り入れているそうな。今回は閉まっていました。カフェは16時までなので再訪したい。


■神田明神

久しぶりに歩きに来ました。平日の夕方は20人ほどの人影。
まあ神社というのはお参りしたあと、だらだらといるものでもないから、案外に人の出入りは多い。
そこに神馬の「あかりちゃん」がいました。とっても小さくて、土と同化して一瞬わからなかったくらい。
手の甲を柵にあてるとクンクン、と匂いを嗅ぎに来てくれました。一頭では寂しかろうにな。
御朱印は飾り気のないすっきりとしたデザイン。

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↑ハートの神紋

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↑子どもの時に乗っていた木馬と同じくらいの大きさ

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■妻恋神社

日本武尊が東征に向かっていたとき、船が暴風雨にあい難破しそうになった。
そのとき、妃の弟橘媛命が夫の身代わりとして海に入り海を鎮めたといいます。
日本武尊は無事に房総に上陸することができ、東征平定を成し遂げた後、妻を恋しく思いこちらに社を建てたのだとか。
妻恋なんてストレートに、なんていじましい名前の神社ではないですか!

それもあって縁結びの神社として人気のようですが、平日は社務所が開いていませんでした。
若い人向けの「恋」「愛」といったお守りもありますが、五角形の絵馬が願掛けの伝統あるもののようです。
昔は境内ももっと広く賑わっていたそうです。神話に縁のある神社はいつまでも残っていて欲しいですね。

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↑右下の絵馬が人気

■折り紙会館

一階は撮影自由、受付にも人はいませんでした。壁に飾られた、鶴で象られた翼がフォトスポット。
折り紙で作られた芸者の立体的な壁掛け、技巧を凝らした鞠。
制作に何ヶ月もかかったであろう鳳凰など、折り紙の可能性を感じました。
また、なぜか相撲図案の枕屏風のシリーズが置いてあり、欲しくなりました。

三階にはありとあらゆるメーカーの折り紙と、和紙が販売。
今後折り紙アクセサリーなどで図案に困ったときは役に立ちそう。

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↑一つ一つが折り鶴でできている天使の羽

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新小岩の寺社めぐり~堀切菖蒲園 [◇江戸寺社・史跡めぐり]

〈行程〉
●上品寺~天祖神社~堀切菖蒲園~北千住
菖蒲の咲き誇る今の時期に、せっかくなので新小岩から堀切菖蒲園まで散策してみました。
■上品寺
真言宗の寺で、江戸十六閻魔の一つを安置していることで有名です。
本尊の阿弥陀如来は運慶の作といわれています。檀家ではないと上がらせていただけないので、外から扉をあけて賽銭箱の後ろから本尊を眺めました。しかし金色に光り輝いていましたので、もしかしたら運慶作は別の場所に安置しているのかもしれません。
お守りや御朱印を頒布する窓口は設えてないので、正面左手の玄関を開けると対応してくれます。
変体仮名の「ゑんま」と書かれておりなんだか可愛らしい。
>>看板抜粋
上品寺の閻魔大王坐像
当寺は新義真言宗にして、八幡山来迎院という。
この閻魔堂に安置する閻魔大王坐像は、高さ206センチあり、かつて江戸十六閻魔の一つとして栄え、区内最大のものである。
閻魔大王は、地獄に住み18の将良と8万の獄卒を従え、死して地獄に落ちくる人間の生前の善悪を正し、罪あるものには、苦しみを与える冥王として信仰する人が多い。
当寺の閻魔は、江戸中期にもっとも盛んに信仰され、昭和47年に閻魔堂が新築され現在に至っている。
(葛飾区観光協会より)
境内には八幡神も祀られておりました。八幡神とは応神天皇のことを指し、近くにある天祖神社でも応神天皇を祀っているので武運を祈願することの多い土地柄だったということなのでしょうか。さすが関東。
ちなみに神社の鳥居の前で雀か何かの小さな卵が巣から落ちて割れていました。
供養しようと思ったらすぐに蟻がたかってしまい、これも自然の摂理とそのままにしてしまいました。

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■天祖神社
〈祭神〉大日女霎尊、天児屋根命、誉田別命
・大日女霎尊とは天照大神のことです。天祖と名のつく神社は、その名の通り天皇の祖という意味ですから、天照大神を祭神としています。天祖神社は神明社(しんめいしゃ)、皇大神社(こうたいじんじゃ)と称することもありますがいずれにしても天照大神を祀っています。
・天児屋根命(あめのこやねのみこと)は別名:春日権現、春日大明神とも。
春日権現と呼ぶときは神仏習合の神であり、不空羂索観音・薬師如来・地蔵菩薩・十一面観音を本地仏とする。
誉田別命(ほむたわけのみこと)は第15代天皇の応神天のこと。「ほむたわけのみこと」は諱(いみな)といって、死後に呼ばれる名前のことですね。。
こちらの天祖神社の創建年代は不詳ですが、葛西清重という平安時代末期から鎌倉時代前期にかけての武将が葛西御厨(かさいのみくりや)という荘園の関係から勧請したものといいます。
「関係から」ということが具体的に何を意味するのかよくわかりませんね。
この地で荘園制度を確立したのが葛西氏なので、村や荘園の鎮守としたというところでしょうか。

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■葛飾の名所・堀切菖蒲園
今年4月にリニューアル。「もやもやさまぁ~ず」という番組で、菖蒲の咲いてない時期にさまぁ~ずらが来て「なんにもねーなー!」とモヤモヤしてたイメージが強い場所(笑)
当たり前ですが、菖蒲の季節に来てみるとその美しさに圧倒!
約200種5000株の菖蒲が所狭しと咲き誇り、紫や白の花が目に涼しげです。
名前もとても風雅。「十二単衣」「星月夜」「御所の遊」、相撲部屋の親方の名前にもなっている「立田川」「武蔵川」などもあります。中でも「江戸古花」といって江戸時代の品種も咲かせています。
茄子のような藤紫、赤みがかった薄紅、白い花弁にうっすら紫色のぼかし、完全に白いものなど、数え切れないほどですが、品種は大きく分けて三つの系統に。
・江戸系…堀切で収集改良された品種の総称。集団で植える。
・肥後系…旗本の松平左金吾から藩主に渡り改良された。大ぶりで背が低く、鉢植え向き。
・伊勢系…詳細不明、松阪の吉井定五郎という武士が改良したといわれる。弁の垂れ方が優美。
菖蒲の発展に貢献したのは江戸時代後期の旗本・松平左金吾(1773-1856)。
伊予松山藩主松平家の一族に生まれ、大坂町奉行、大目付などを務め、60年に及ぶ品種改良で300種類を生み出したそう。自信の傑作は「宇宙」だそうです。
侍らしく露天で販売するなどはせず、噂を聞いて訪れる者は自宅に招き入れ、乞われれば株分けをしたそうですが、作出した品種改良方法は長らく門外不出で、晩年になって「花菖蒲培養録」に著します。
その左金吾から品種を譲り受けたのが、農家の小高伊左衛門。こちらは花を商品として江戸で販売。区の案内板では伊左衛門が左金吾に願って譲り受けたと書いてありました。
ま、そりゃそうですよね。侍と農民、2人の違う身分の好事家がどんな会話を交わしたのか、興味がありますね~。

左金吾は自らを菖翁と称しており、彼に作出された花は「菖翁花」と呼ばれます。
ここでは「蛇籠の波(じゃかごのなみ)」「霓裳羽衣(げいしょううい)」「王昭君(おうしょうくん)」「五湖の遊(ごこのあそび)」「立田川(たつたがわ)」「連城の璧(れんじょうのたま)」を見ることができました。
明治までは小高園・武蔵園・吉野園・堀切園・観花園がありましたが、戦後荒れ果てこの堀切園(堀切菖蒲園)のみが残ったとのことです。
今でも残っていれば、とても優雅な場所として凄く有名になっていただろうに、残念ですね…。
園内はそれほど広くありませんが裏千家のお茶もいただけるし、琴の演奏もありましたし、本当に優雅な一時を過ごせました。
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↑猿踊
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↑武蔵川
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↑肥後系の星月夜
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↑万里の響(江戸古花)
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↑水の光
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↑SNS登録で手ぬぐいを頂きました

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御茶ノ水・史跡めぐり [◇江戸寺社・史跡めぐり]

●行程…小栗上野介生家あと~佐々木~雁木坂~正教会

■小栗上野介生家あと

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小栗 忠順(おぐり ただまさ)は、江戸時代末期の幕臣、勘定奉行、江戸町奉行、外国奉行。
日米修好通商条約批准のため米艦で渡米した一人です。帰国後は多くの奉行を務め、フランス公使レオン・ロッシュに依頼して洋式軍隊を整備したり、横須賀製鉄所の建設などを行いました。そのため司馬遼太郎から「明治近代化の父」と評されました。
多数の功績の中で、やはり渡米の際、使節団77名率いて監察という役割を全うして、毅然とした態度でアメリカとの交渉に臨んだことが、一番評価されていると思います。
彼は幕末、薩長に恭順した徳川慶喜に対し主戦派でしたので、慶応4年(1868年)に罷免されてしまいます。
その後領地である上野国群馬郡権田村に隠遁していましたが、同年薩長軍に捕縛され、武装解除していたにも関わらず因縁をつけられ、斬首されてしまいました。
彼が明治時代長く生きていれば、そして彼が立てた作戦通り薩長と開戦していれば、今の歴史は大きく変わっていたと言われています。
■大久保彦左衛門屋敷跡
杏雲堂病院の前に「天下のご意見番」と言われた大久保彦左衛門の屋敷跡の石碑があります。正式名は「大久保忠教」で、彦左衛門は通称。時代劇では家康から「ひこざ、ひこざ」と呼ばれている記憶があります。
彼は16歳の初陣で戦功をあげ、徳川家康に仕え旗本となりました。その後、再三勧められるも大名になることを固辞し、諮問役の「天下の御意見番」として徳川三代に仕えます。
元々三河の出身、隠居後の「三河物語」の執筆者としても知られています。
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■ニコライ堂
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